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投稿者 : admin 投稿日時: 2014/06/02 (984 ヒット)




 株式会社 梶川商店


 〒540-0003
 大阪市中央区森ノ宮中央2丁目3番6号
 TEL 06-6942-0181
 FAX 06-6942-0800

 社長 梶川 雅市




−梶川商店の歴史を教えて下さい−

 先々代の梶川栄吉が日露戦争後の明治45年に谷町4丁目で馬具などの軍需物資を扱う商店を起こしたのが始まりです。当初は皮ベルトなども自社で製造販売していました。
昭和7年三ツ星調帯(現三ツ星ベルト)と代理店契約を結び、本格的に平ベルトを扱うようになりました。その後昭和18年に國松が2代目を継ぎ、昭和25年8月に株式会社に改組しました。國松は三ツ星ベルトだけでなく同時に扱うのは難しいと思われたブリヂストンとの代理店契約にも奔走、昭和41年に代理店契約を締結して、精力的にベルト販売に力を注ぎました。
今でも三ツ星ベルトとブリヂストン両方の代理店をしているのは全国でも当社だけだと思います。
また國松は仕事に関しては厳しい面がありましたが、教育に熱心で、社員を夜間学校に通わせていました。残業で学校に遅れそうになると自ら車を運転して学校まで送り届けたりもしていました。
國松には子供がいなかった為、昭和27年に義理の甥である私が養子に入り、昭和64年に國松から3代目を継ぎ現在に至っています。
バブル崩壊の苦しい時期を乗り越え、ゴム・樹脂の工業用資材・加工製品等あらゆるニーズに応えてきました。今では一般機械工具店や金物卸小売店などお客様も約400社を数えるまでになりました。

−梶川商店さんの社是、企業方針などがあればお聞かせ下さい−

 社是は「 感謝 ・ 躍進 」です。
“社員と家族の幸福はお客の繁栄から”をモットーに、客先には親身になって相談に乗る、労を惜しまず汗をかく、お客様を大切にする感謝の気持ち、社員への感謝の気持、それが強いては会社の躍進に繋がると考えています。

−いま注力されている或いは今後注力しようと考えられている商品、または分野についてお聞かせ下さい−


 扱い商品はベルト、高圧ホース、樹脂ホース、その他工業用ゴム製品で比率的にはベルトが約40%、ホースが約30%、その他30%です。今のところベルトが主力製品ですが、各メーカーが工場を海外に移転するのに伴い国内需要がどんどん減り、今後はかつてのような需要への回復は期待出来ません。そこで当社が現在、注力しているのはベルトよりも需要が見込め、且つ利益率のよい高圧ホースの加工販売です。東大阪にアッセンブリー工場をつくり受注拡大を図っており、今後も伸ばしていきたい分野です。
顧客のニーズが変貌し、多様化・複雑化していますので、新商品の開拓を行い、新規顧客の開拓にも繋げていきたいと考えています。

−会社自慢、社員自慢をして下さい−


 先代は、人を信用して商売をする、という誠実な人でした。そのおかげで沢山倒産に引っ掛かったりもしました。仕入れに困っているというので、助けるつもりで商品を渡すと、翌日には当時日本橋にあった五階百貨店にその商品が並んでいた、ということもあったようです。
しかし、人を信用しつづけ、困ったときに手を差し伸べてきたことが今の当社の信用に繋がっていると思います。
また取引先の倒産に合って酷い目に合った時でも弊社の取引先には一切迷惑はかけていない、というのも自慢と言えば自慢かもしれませんね。

−社長のご趣味をお聞かせください−


 ジャズ、特にデキシーランドジャズが大好きです。昔はオーディオにも凝って自宅でスイングジャズやモダンジャズをよく聴いていたのですが、その後しばらく間をおいて、今は毎週土曜日に北区のお初天神の近くの行きつけの店でデキシーランドジャズの生演奏を聴くのを楽しみにしています。最近は家内がはまってしまい二人で出かける事もよくあります。引退後はアメリカニューオリンズに本場のデキシーランドジャズを聴きに行くのを楽しみにしています。

株式会社 梶川商店さんを訪問して

森ノ宮駅から徒歩3分程にある本社ビルの2階の社長室に案内された。使い込んだ木製の机や大きな収納棚、何より戦前の物と思われる年代物の立派な金庫が目に飛び込んできた。あとで聞けばその金庫は先々代の創業者から使われており今も現役とのことである。さすが創業102年の老舗企業ならではの趣である。インタビューを進めていくうちに社長の温かい人柄に触れ、人との信頼関係を第一に誠意で顧客と接する会社の姿勢を知り商売の原点を見たように思います。
近々、御子息にバトンを渡されると事ですが、これからも益々のご発展をお祈りしております。お忙しいなか時間をさいて頂きありがとうございました。

事務局 三島通弘


投稿者 : admin 投稿日時: 2013/10/30 (1105 ヒット)


 宇都宮製作株式会社



 〒578−0965
 東大阪市本庄西1丁目5番1号
 TEL 06-6748-2122
 FAX 06-6748-2123

 社長 大西 健路



−宇都宮製作さんの歴史を教えてください−

明治36年、創業者の宇都宮宇作が大阪船場の平野町で衛生材料を扱う「宇都宮商店」を開業したのが始まりです。宇作は丁稚修業の傍ら輸入品を扱うには外国語が必須と考え独学で語学を勉強したそうです。その精神はその後も若い店員達にもそそがれ、向上心の大切さを説き、当時としては先進的な「勉強室」がある寄宿舎(寮)や、英語の勉強の為、夜学に通うことを奨励していたそうです。
一方で水害により甚大な被害にあった生まれ故郷の愛知県岩城村や小学校などへの寄付など社会貢献も積極的にしたようです、このあたりのエピソードはホームページに載せていますのでよかったら見て下さい


愛知県小学校内の愛知県感謝の碑


宇作の復興支援を称える河内池の頌徳碑

日露戦争による特需をきっかけに医療用ゴム製品の国産化が活発となり、中でも最初に国産化されたのが水枕でした、宇作は水が漏れない確実且つ簡単な「コマ付き締め具」を発明、それがその後の宇都宮商店発展の基礎となっていきました。
またその後まだ日本になかった水銀を使った体温計をドイツから輸入『ライト体温計』の商品名で販売、大成功しました。戦後は自社ブランドとして生産販売し、先の水枕もこの体温計も多くの家庭で愛用され今に続く大ヒット商品となりしました。3代目宇都宮宏時代後半、オイルショックという経済の大波に翻弄されました。
平成2年に4代目戸田社長から5代目大西社長へとバトンを引き継いでいます

−宇都宮製作さんの社是、企業方針などをお聞かせ下さい−

社是は、新しい価値の創造とサービスで社会に貢献する。企業理念は、創造「人を守る」、情熱「個と全体」、躍進「利益の確保」です。

−いま注力されている或いは今後注力しようと考えられている商品、又は分野についてお聞かせくださいー

現在の取り扱い商品は、医療用品・衛生用品・メディカル用品・工業用品・家庭用品・介護用品の6分野ありますが、大きく分類すると医療用が80% 工業用が20%という比率です。創業以来医療・健康・環境といったキーワードの延長線上でもっと社会に貢献できる事はないかを探ると同時に、社会が必要とするものを逸早くキャッチし、最高の品質をめざした商品を提供することを心がけています。

−会社自慢・社員自慢をしてください−

親・子・孫と3世代で勤めてくれている社員がいること、これは一見ありそうでなかなか無いと思います。創業者宇作から引き継いでいる「会社は社員を大切に、社員は会社に恩を感じる」の顕れかなと考えています。企業を支える人材を大切にする、これが当社の自慢ではないでしょうか。

−社長のご趣味をお聞かせください−

学生時代は乗馬クラブに所属していましたが、今はもっぱらゴルフです。ただ国内外を問わずあまり人の行かないところや、こだわりの場所へ旅行に出かけるのも好きです。ついでにそこでのゴルフも楽しむといった具合です、あらためて趣味はと聞かれれば旅行を兼ねたゴルフといったところでしょうか。


投稿者 : admin 投稿日時: 2013/07/26 (1707 ヒット)


中川ゴム株式会社

 〒550−0005
 大阪市西区西本町1丁目14−13
 TEL 06−6532−5751
 FAX 06−6538−1505

 社長 中川英一

−中川ゴムさんの歴史を教えてください−

明治36年5月に初代の中川亀吉が大阪市西区京町掘りで、ゴムパッキンの加工販売を始めました。初代亀吉が早世したため、奥さんの「たつ」さんが実質切り盛りをしていたそうです。
2代目の中川順次が昭和10年に西区靭に事務所を移転し、その後昭和16年、戦時企業整備により同じ場所で大阪工業ゴム株式会社を設立しました。
終戦後、中国から復員した3代目の中川清一が昭和29年に同社から分離し、現所在地にて中川ゴム株式会社を設立しました。
昭和58年には創業80周年と会社設立30周年の記念行事を、平成15年には創業100周年記念行事を行うことができました。私は平成12年に4代目の社長に就任しました。




−中川ゴムさんの企業理念などをお聞かせ下さい−

企業理念は、(鷁鹸脅姚∪深妥慘廊6調融和を掲げています。明治36年の創業以来110年、常にお得意様のご要望にお応えし、サービス第一をモットーにお役に立つ企業として勤めてまいりました。

−今注力されている商品、事柄についてお聞かせ下さいー

初代よりゴム製品の販売を行ってきましたので、現在でもゴム製品が主体となっています。取扱比率はゴム製品が70%、樹脂製品が30%といったところです。十川ゴムさん、東海ゴム工業さん、タイガースポリマーさんなど、優良メーカーとお取引させていただいております。特に十川ゴムさんとは80年来お取引させていただいています。
優良メーカーと提携して、メーカーさんの研究陣とともに、常によりよい製品の開発に努めています。多年の豊富な経験・ノウハウを生かして、優秀な製品を皆様に幅広くご提案し、より安く、より早く、より親切にご提供できるよう努力しております。

−会社自慢・社員自慢をしてください−

社員構成はバランスのとれたピラミッド型を理想としています。祖父も先代である父もたいへん厳格で真面目な人でした。その社風を受け継いでいる社員も皆真面目です。今年は創業110年の記念の年になりますので、社員旅行を実施したいと考えています。

−社長のご趣味をお聞かせください−

学生時代はゴルフサークルに入っていましたが、今は腰を悪くしてクラブを振れません。最近は、自分のペースで歩けるウォーキングが趣味です。京都や奈良の寺社巡りを楽しんでいます。映画も好きで良く観ますし、読書も好きです。読書は奈良時代や平安時代を題材とした歴史物を好んで読んでいます。

中川ゴム株式会社さんを訪問して

いくつもの戦禍を乗り越え、経済の荒波のなかを上手に舵取りし、会社という組織を100年継続させることは、並大抵の努力ではないと思います。当ゴム商組にもそういう長寿の会社が数社あります。今回からシリーズで紹介しようと企画しました。
 中川ゴムさんは社歴110年です。生活の中に仕事があり、仕事の中に生活がある。近年では少数派に属する「職住一致」の環境の中で育てられ、厳しい家庭教育で躾けられたと社長が語られたのが、中川さんの長寿の秘訣の一端ではないかと感じました。
 フットサルが趣味の専務も五代目として頑張ってらっしゃるとか。
 益々のご発展を期待しております。

広報部会長 田井 登


投稿者 : admin 投稿日時: 2013/07/09 (2006 ヒット)


丸富ゴム株式会社

社長 冨岡芳寿

〒550−0012
大阪市西区立売堀4丁目4番8号
TEL06−6541−1951 
FAX06−6541−1955












−丸富ゴムさんの歴史を教えてください−

先々代の冨岡信雄が弟の章雄(ユキオ)と二人で大正9年7月に立売堀3丁目で創業しました。二人を冨岡で囲むという意味で丸富ゴムと名付けたようです。ゴムホースをメインに扱っていました。
昭和4年に立売堀北通り3丁目に移転し合資会社に改組して信雄が社長に就任しました。昭和20年に空襲で被災し、一時休業し、21年7月に靭北通り1丁目に於いて丸富ゴム営業所を再開しました。
当時は、配達にはリヤカーを使っていたようです。また軍によりゴムの統制が厳しく苦労したと聞いております。戦後に章雄が独立して丸一ゴム商工株式会社を開業しています。現在の丸一株式会社です。
 昭和25年に現在地に移転、昭和27年8月に丸富ゴム株式会社に改組しました。昭和46年8月に当時専務取締役の冨岡光男が代表取締役に就任。昭和59年10月には業務拡大のため相生営業所を開設しました。
平成16年2月に先代で父の光男が亡くなり、取締役営業部長であった私が3代目社長に就任しました。

−丸富ゴムさんの社是、企業方針などをお聞かせください−

創業者の時代より社是は「全てに誠実であり、全てに信用を得よ」を掲げており、現在も踏襲しています。お得意様や仕入先、同業者や近隣の方々に至るまで、長年積み上げてきた信頼感や手堅さを実感して頂けていると自負しています。先々代は地域の振興会で世話役をしておりました。そのため、当時、地域振興会が発行した冊子に当社のことも掲載されており、貴重な資料として残っています。また先代は西部工業用ゴム製品卸商業厚生年金基金の設立に尽力し、その功績もあり、平成11年に勲五等瑞寶章を受章しました。

−いま注力されている商品あるいは分野などについてお聞かせくださいー

工業用ゴム製品の専門商社として93年の歴史があり、基本的な取り組みは変わりません。現在でも樹脂製品よりゴム製品を多く扱っています。これまでのお得意様を大切にすると同時に過去のお取引を今一度分析・反省し、取扱商品を少しでも増やしていくことに徹しています。


−会社自慢・社員自慢をしてください−

14名の社員がおりますが、20歳代の若手から60歳代のベテランまで社員同士のコミュニケーションがとてもうまく図られていることです。当社では定年制ですが、働く意思があり健康であればいつまでも働いていただきます。若手社員は機動力がありますし、ベテラン社員は長年培ってきた経験と知識が豊富にあります。それらが相乗的にバランスよく発揮できていると思っています。

−社長のご趣味をお聞かせください−

父の趣味が園芸で、豊中の自宅で植木の手入れをしていましたので、私も引き継いでいたしております。学生時代は軽音楽部に所属し、先輩の影響でクラリネットを演奏していました。

インタビューを終えて

地下鉄阿波座駅を下りて立売堀に入る。当方は方向音痴なもので丸富ゴムさんの事務所を通り過ぎてしまった。10分前にやっとの思いでたどり着いた。冨岡社長は大分緊張しておられる様子でしたが、これは生真面目な性格をそのまま表しているように感じました。会社の内部も社長の性格が反映されているようです。最初は緊張していた冨岡社長も徐々に打ち解け、当組合の理事長として尽力された先代(冨岡光男氏)の話題や長い社歴を持つ丸富ゴムさんの当時の記事が掲載されている冊子なども見せていただき、昔話に花を咲かせることができました。貴重な資料の中から、古い写真をお借りし、掲載しておりますので、当時の様子がわかると思います。

専務理事 高橋美之


投稿者 : admin 投稿日時: 2013/03/15 (1660 ヒット)



株式会社キンキゴム

社長 長谷川哲也

〒604−0932
京都市中京区寺町通二条下ル妙満寺前町450−3
TEL075−211−5461
FAX075−211−5465








−キンキゴムさんの歴史を教えてください−

昭和22年(1947年)1月に祖父の常三がキンキゴム商会として創業しました。近畿地方を意識してキンキゴム名付け、当初からカタカナで表記していたようです。当時は京都という土地柄もあり、染色用のロールやブリヂストンのマットレスの販売代理店として布団店に卸していました。京都駅前の百貨店に出店を出した時期もありました。
その後、父の昭二の時代の昭和34年(1959年)4月に株式会社キンキゴムに改組して、工業用品に移行しました。私は25年前に入社し、平成12年に社長に就任しました。

−社是・企業方針などについてお聞かせください−

 社長就任時にそれまではなかった社是と基本理念、基本行動、目指す組織を制定しました。
「我々は日本の製造業をサポートします。あらゆる素材・部品を提案提供する事で、良い製品作りと生産効率アップに役立つとともに、社会に貢献し我々が成長する事を社員一同が喜び誇りにします」を社是としています。基本理念は「良い時、奢らず謙虚に 悪い時、くじけず前向きに」。基本行動は「当たり前のことを当たり前にする。何事も熱意を持ってやりきる」。目指す組織は「メンバーが、自分と周りの人達の幸せと成功の実現に向け、やる気と能力を発揮する場として誇りを持ち続けられる組織。
自由闊達な風土の中に厳しさを持つ、めりはりのある組織」と制定しています。
また、創業60周年にあたる2007年を第2創業期と捉え、犇い会社=潰れない会社瓩悗療彰垢鮨覆瓩討い泙后

−いま注力されている、または今後注力する商品・分野などについてお聞かせ下さいー

現在は約30%がメーカーからの仕入れ品、70%がユーザーの要望に応じた切削加工品です。加工品はほぼ外注にお願いしており、検品を社内で行うという昔ながらの商社活動です。

−会社自慢・社員自慢をしてください−

お客様への挨拶をきちんとしています。また、仕事をやりやすくするための「環境」を「整えて」仕事に「備える」ことの実践として環境整備をしています。実践のひとつとして、毎朝20分社内の清掃をし、月に1度は近隣も清掃しています。そのため社内がずいぶん綺麗になりました。
全社員が価値観を共有することで絆がうまれますし、環境整備に取り組むことで成長するきっかけにもなりました。
 歴史は重要ですので、60歳が定年ですが65歳まで嘱託で勤務して頂いております。一方で5年前から新卒者を毎年採用しています。人の成長なくして企業の成長はありません。ベテランが持っている経験や社内風土を語り継いで、古いものでも良いものは残し、変えるべきものは変えていく、そういった社内の雰囲気ができつつあります。

−社長のご趣味を聞かせてください−

ゴルフです。ハンディは20で、京都ゴルフのメンバーです。回数はそう多くありませんが、楽しんでプレーしています。
あとは業界の方々や社員との呑み会でしょうか。昔は業界や取引先との呑み会が多かったのですが、最近では社員と飲む機会が多くなりました。各課ごとに毎月懇親会を実施しておりまして、コミュニケーションの場となっています。パートさん達とも3か月に1度程度昼食会を開いておりまして、コミュニケーションを図っています。

株式会社キンキゴムさんを訪問して

京都地下鉄、京都市役所前駅を降りて約3分、キンキゴムさんに到着。会社前で2〜3人の社員さんが仕事をしていましたが、手を止めて挨拶をして頂いた。2階の事務所に上がると、ここでも社員の皆さんが仕事の手を止めてきちんと挨拶してくれました。
社長室に伺うと応接セットはあるものの、社長の執務席に椅子はなく立ち席。話を伺うと、営業マンはできるだけお客様を訪問してほしいとのことで、椅子を置いておらず、社長自ら率先して実施しているとのこと。「古い造りですから」と言いながら案内して頂いた社内の床は綺麗に磨かれており、耐震補強も施されていました。
「場を清め、礼を正し、時を守る」。長谷川社長のお考えが、絵に描いたように社員に反映されている感じがしました。素晴らしい社長と社員、一体化して「強い会社=潰れない会社」を目指して突き進んでいる姿が手に取るように感じられました。
自分の気持ちが引き締まる思いがしました。


投稿者 : admin 投稿日時: 2013/03/15 (1372 ヒット)




株式会社アトライズヨドガワ
〒564−0053
吹田市江の木町17番1号
TEL06−6337−6250
FAX06−6337−6241
社長 波岡卓視







−アトライズヨドガワさんの歴史を教えてください−


昭和26年(1951年)4月に、先代の波岡良三が淀川ゴム商会を創業したのが始まりです。創業の地が西淀川区で、新淀川が近くにあったから、社名に淀川とつけたらしいのですが、詳しいことはわかりません。その後、昭和31年(1956年)12月に株式会社に組織変更し、社名を淀川産業に改めました。
創業40周年を契機にCI活動を展開し、平成3年9月、企業イメージを一新させるため、現社名のアトライズヨドガワに社名を変更しました。お客様のニーズのAからZまでお応えする。どんな困難や未知の領域にも挑戦(TRY)するという意味で、ATRYZ(アトライズ)としました。

―社是、企業方針についてお聞かせ下さい−

創業当時は「不屈邁進」を社是として掲げていました。この精神は今でも継承しています。CIにより平成3年から「私達は常に能力の開発をはかり 力強い組織力を養い 社会に貢献すると共に 人格の向上と皆が豊かになることを誓います」を経営理念として、また「私達は絶えず変化する多様なニーズと進歩する技術のコーディネーターとして柔軟な発想と新鮮な感覚で挑戦しユーザーの信頼に応えることをモットーとします」を行動規範として制定しました。
社訓は創業当時から変わらず「一おこるな 一いばるな 一あせるな 一くさるな 一まけるな」です。

−いま注力されている、または今後注力する商品・分野などについてお聞かせ下さいー

中国を中心とした海外生産品に注力しています。中でも日本国内から海外への移管が顕著な鋳物や鍛造品などの取り扱いが増えています。ガラス製品も実績が上がりつつあります。国内では厳しいですが、海外では期待できる製品として位置付けています。

−会社自慢・社員自慢をしてください

経営理念や経営方針ともつながってきますが、海外10か所に拠点をもっていることでしょうか。マレーシア、香港、中国には蘇州市、深圳市、杭州市、大連市の4拠点、韓国、スウェーデン、タイ、シンガポールにそれぞれ拠点をもっています。
社員の自慢では39年間連続して絵画展を開催している社員がいます。あまり詳しいことは知らないのですが、社員とその友人とで毎年二人展を開いているようです。今年は9月16日〜22日までの1週間、北区西天満の大阪現代画廊で開催していました。

−社長のご趣味を聞かせてください−

ゴルフと旅行です。ゴルフのオフィシャルハンデは17ですが、実際はたぶん、もう少し高いハンデになっていると思います。2年前にクラブをフルセット、オーダーメイドしました。しばらくは買い替えなど考えなかったのですが、跳びの魅力には勝てず、最近、友人勧めもあり、飛距離が伸びると評判のドライバーを新調しました。
旅行は主に、海外に年1回〜2回ほど行っています。これまでにアフリカのケニヤやマダガスカル島,カナダでのオーロラ観賞、ペルーのマチュピチュなどに行きました。世界遺産も多く巡ってきましたが、僻地が好きで、あまりほかの人がいかない場所に旅行することが多いです。
今年は、ブラジルとアルゼンチンの国境にある世界最大の滝、イグアスの滝に行ってきました。
海外旅行は、1週間から10日くらいの日程になりますので、長期に休暇が取れる正月かお盆、ゴールデンウィークの時期に合わせていくようにしています。

(株)アトライズヨドガワさんを訪問して

地下鉄御堂筋線・江坂駅を下車、大阪方面へと進むと5分程でコンパーノビル、アトライズヨドガワさんに着く。少し早めに到着したため、一服した後で訪問。波岡社長に取材していると、5分ほどして成瀬取締役が入ってこられた。手には資料を持ち、準備万端である。成瀬氏とは以前に何度かお会いしているため(何十年ぶりか)、昔話に花を咲かせた。(インタビューは、まじめにしたつもりですが・・・)。波岡社長、成瀬取締役と亡くなった会長の話題に移り、時間の経つのを忘れ、長居をしてしまいました。自分の歳を改めて感じた一日でした。

                              (専務理事 高橋美之)


投稿者 : admin 投稿日時: 2012/08/21 (1421 ヒット)




 株式会社アシヤパッキング

 〒546−0002
 大阪市東住吉区杭全1丁目12−12
  TEL 06−4301−1212
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 社 長  芦谷 忠良





−アシヤパッキング製作所さんの歴史を教えて下さい−


昭和30年に私の父(芦谷良二)が旧新居ゴムパッキング製作所から独立して創業しました。その後、昭和40年4月に法人組織として生野区勝山に設立しました。
平成9年に現社屋の建設計画途中で父が亡くなり、7月に社長に就任し、今年で15年になります。翌年11月(1998年)に現社屋に移転し、現在に至っております。勝山の旧社屋は、現在、倉庫として活用しています。


―アシヤパッキング製作所さんの社是、企業方針についてお聞かせ下さい−

 「人と人との信頼関係」を柱としています。お客様から弊社の製品・価格・納期を、信頼して発注して頂けるように日々努力しています。又、人と人との信頼関係はお客様との間だけではなく、会社と従業員、従業員同志の信頼関係も重要だと考えています。会社と従業員、従業員同志の信頼関係を深めることで、品質の向上や納期を守るなどのサービスをスムーズに実施できるように努力しています。

−いま注力されている、または今後注力する商品・分野などについてお聞かせ下さいー

これまでは「見積リ依頼→回答→受注」というスタイルで対応させていただいておりましたが、今後は、お客様が何を求めておられるか、又は困っていることは何かをお聴きし、それを踏まえて、これまで培ってきた技術や経験を活かして、加工業のプロとして、素材の選定や加工方法についてのご提案をさせていただく、いわゆる提案営業を進めていきたいと考えています。そうすることにより、お客様がより先の取引先にスムーズに対応していただけると思いますし、受注率のアップにもつながると思います。私どものお客様の受注率アップに繋がるお手伝いが出来るように注力していきたいと考えています。

−会社自慢・社員自慢をしてください−

 自慢といえるかどうかはわかりませんが「当たり前のことを当たり前に実践する」ということが、出来ていることではないかと思います。仕事としての「当たり前のこと」は、不具合製品を作らない、納期を守るーの2点だと思います。日々の業務での決まり事、お客様との約束事をきっちり守る。決して派手ではないですが、それがお客様に信頼され、安心してご注文を頂いている弊社の自慢できるところではないかと考えています。
社員の自慢については、2010年4月に毅咤錬坑娃娃韻鮗萋世靴泙靴燭、取得に至る準備段階で、社員が協力して取得を目指して勉強したり、取得後の活動においても継続的に改善活動を行ってくれているところです。
企業方針の「人と人との信頼関係」にも繋がりますが、会社と従業員、従業員同志の信頼関係ができていると感じています。


−社長のご趣味を聞かせてください−

現在アートの作家が描く絵や版画などを収集しています。またゴルフも悪いスコアのときもありますが、出来るだけ前向きに頑張っています。最近は美味しい物の食べ歩きが趣味になっています。「あまから手帖」や料理評論家などのブログを参考に、お店を探して、妻と二人で食べ歩くことを楽しみにしています。


 (株)アシヤパッキング製作所さんを訪問して

 JR大和路線に天王寺より乗り換えて、東部市場前駅下車、3分程でアシヤパッキング製作所さんへ着く。芦谷社長とは3度ほどお会いしているが、組合に入ってからは初めてである。1階が加工場で2階がオフィスになっている。入ってすぐにオフィスがあるが、家族的な雰囲気が温かく我々を迎えてくれて、社長の人柄がよくあらわれている。美人の奥様が「まいどおおきに」の原稿を確認していただいたとの事ですが、大変お手間をとらせて申し訳ありませんでした。改めてお礼を申し上げます。私から見て若い社長と奥様にこれからも幸あらんことをお祈りします。インタビューを終えて、温かさが胸に滲みる一日でした。
                                   (専務理事 高橋美之)


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